定期的にブログを書くようになって、気づいたことがある。
私は思いを文章にすると、頭の中が整理されてすっきりする人間だということ。
でも、書きたいと思って書き始めても進まないこともある。
結局、そのときに本気で感じていることだけ、言葉がガンガン出てくる。
昨日は正しいと思っていたことが、今日には変わることもある。
どこでどんなことが起きて、どんなことがきっかけになるかわからないんだから、それでいいと思う。
むしろ、新しい考え方ができるようになるなんて素敵だ!
そんなわけで、今日の気づきを。
私は基本的に社内の人間は大体好き。(しつこいけれど、例の新人を除いて。笑)
あとは、どうしてもやり方に納得ができない課長がいた。
これを昨日までの言い方をするなら「納得ができない課長がいる」
課長が辞めたわけじゃない。
私の考え方が変わった。
納得がでいない理由は、新人2人への教育の差。
ひとりには「片思い中ですか?」ってくらいの熱量で、もうひとりは放置。
ただ、新人それぞれの性格をみると、課長がそうしたくなる気持ちもわからなくはない。
なぜなら放置されているのは、私がきらいな“例の新人”。
”きらいな気持ち”と”不平等な差”
天秤にかけてはぐらぐらして気分が悪かった。
例の新人。
採用面接のとき、”採用する理由がない”と私は上長に伝えた。
彼女は本当に、書き出したらきりがないくらい目につくところが多い。
業務云々以前の問題。
ただそれは面接のときに伝わってきた。
だから採用はないと判断した。
そんな中、採用を決めた課長。
携わった結果、彼女の人となりに気づいたんだろう。
放置。
もう1人の新人。
社歴はすでに2年半。(もはや新人ではない)
なのに、未だに1人で仕事を任せられない。
課長がほとんどの仕事を肩代わりしていて、「その人必要なの?」という疑問は拭えない。
片や、放置されても改善しない“例の新人”。
片や、過保護に育てられても全然伸びないもう1人。
その状況をつくっているのは結局、課長自身。
だから私は、課長にも新人たちにも、ずっとイライラしていた。
でも昨日、ふと思った。
「使えるものは、うまく使えばいい」
課長が新人の分まで仕事を背負い込もうが、放置しようが、私には関係ない。
業務が回っているなら、それでいい。
最後に困るのは課長自身なのだから。
勝手に困ればいい。
そう考えたら、肩の力がふっと抜けた。
むしろ自分のほうが一段上に立ったような気がして、笑えてきた。
自分に関係のないところでイライラしても、時間も体力も気力ももったいない。
くだらない。
私は私の人生を楽しむんだ。
そんなわけで、上から目線、おすすめです。笑