前回の世界が広がった話はこちら。
私は体外受精で出産をした。
不妊治療の期間は、今思えばそこまで長くはなかったのかもしれない。
でも、あの頃の私には出口が見えなくて、永遠に続くような気がして、本当に苦しかった。
とにかく泣いていたし、不満ばかりだった。
誰かの幸せなんて喜べなかったし、外の世界に意識を向ける余裕もなくて、人の言葉も心に入ってこなかった。
一緒に妊活を始めた友達が妊娠報告をしたとき。
あとから結婚した妹が妊娠したとき。
どちらのときも、心臓をぎゅっと握りつぶされたみたいに苦しかった。
遠い芸能人の妊娠ニュースですら、耳を塞ぎいだ。
不妊治療中、毎日仕事帰りに注射を打ちに通っていた頃。
育休明け2か月くらいで、職場の人が2人目を妊娠した。
つわりで仕事中にしょっちゅう休憩していた。
今の私なら「休んでね」って心から言えるけれど、当時の私は絶対に言えなかった。
「休憩するくらいなら来るな」って本気で思っていたし、「つわりなんて幸せじゃん」って心の中で毒を吐いていた。
妹が出産した日。
もちろん全力で「おめでとう」と思ったし、初めて見た赤ちゃんを「可愛い」と思った。
でも、帰りの車の中では号泣しながら運転した。
妊活のために始めたウォーキング。
その日は夜の21時過ぎ、真っ暗な中を歩き続けた。
夫からの電話も無視して、ただただ歩いた。
外で私を探していた夫とばったり会った瞬間、どうにもならない気持ちをぶちまけて、泣いて泣いて泣いた。
夫は何も言わずに、ただ静かに聞いてくれた。
「生理がきちゃったから、二重が取れた片方をプチ整形する」なんて、自分なりの息抜きもしていたつもりだったけれど、友達がお酒を飲まなかっただけで「妊娠したのかな」と疑ってしまって、友達と遊ぶことすらしんどくなっていた。
治療の内容は、タイミング法、卵管造影、人工授精、体外受精。
夫も検査を受けてくれた。
通院、毎日の基礎体温、卵管造影の痛み、排卵痛がある中での性行為、トイレで生理を確認したときの絶望感、そして体外受精中の毎日の注射。
「できるだけ体を冷やさないようにしよう」「できるだけ身体を動かそう「お酒は控えよう」
全部、私が自分で始めたことだった。
それなのに、いつの間にか「なんで私ばっかり」「どうして私ばっかり」と思うようになっていた。
何度も夫に当たり散らしたけれど、それでも夫は受け止めてくれた。
体外受精で出産した友達がいる。結婚して今は県外にいる。
私が2ヶ月後に体外受精を控えていた頃、たまたまその友達の家に泊まることになった。
母と親友ひとりにしか話していなかったのに、そのとき自然に「実は2ヶ月後に体外受精をするんだ」と話していた。
友達は驚くこともなく「いいじゃん、いいじゃん!」と明るく受けとめてくれて、心がスッと軽くなった。
隣で夫も、そのやりとりをニコニコしながら聞いていた。
そして、私が出産して1年ほど経った頃。
苦しかった経験があったからこそ、気づけた友達の変化があった。
思い切って「実は私、不妊治療をしていて、人工授精と体外受精をしたんだ」と話してみた。
そしたらその友達も旦那さんに話して、体外受精で出産をした。
体外受精は、ダイニングチェアやボトックスを選ぶみたいな軽い話ではないけれど、先に体外受精をした友達がいたおかげで、遠いと思っていた選択肢を“現実的なもの”として受け入れられた。
そして、私もその友達にとって同じ存在になれたのかな、と思う。
やっぱり、周りの人の存在は大きい。
だからこそ、自分が普段どんな人と付き合うかって、本当に大事だと思わない?!
私は愚痴ばかり言う友達とは会わなくなった。
職場でも、グチ大会には参加しない。
一時期、向上心が高すぎる妹と会うのがしんどかったことがあった。
でも、「その波に乗るのも悪くないかも?!」と思えた瞬間から、妹との時間が楽しくなった。笑(単純)
意識すると、毎日は少しずつ、本当に変わる。
どんな自分になりたいか、私はまた、来年に向けて考えなくちゃ!(買った手帳で。笑)
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